Martin(マーチン)のアコギについて[記事公開日]2015年4月15日
[最終更新日]2022年03月31日

Martin(マーチン)ギター

「マーチン(=マーティン、C.F.Martin&Co)」は、フォークギター(=フラットトップ、スチール弦のアコースティックギター。いわゆる「アコギ」)を語る上で決して外すことのできない代表的なメーカーです。多くのギターブランドが林立する中、創業以来180年以上に及び世界中のプレイヤーに愛用されるトップブランドであり、ファンからは「いつかはマーチン」と言われる憧れの高級ブランドでもあります。

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1: Martinブランドのギターの特徴 2: マーチンの歴史より 2.1: 初代マーチンの時代 2/2: マーチンJr.の時代以降 3: マーチンギターに使用されるマテリアル 3.1: トップ材 3.2: サイド/バック材 3.3: ネック材 3.4: 指板/ブリッジ材 4: Martinギターのラインナップ 4.1: Standard Series / Special Editions 4.2: Marquis Collection 4.3: Limited Editions / Custom Signature Edition / Customshop Edition 4.4: Performing Artist Series / Retro Series 4.5: 15 Series / 16 Series /17 Series 4.6: Road Series / X Series 4: 自然保護への取り組み

Martinブランドのギターの特徴

ギブソンと並びアコースティックギターの2大ブランドと称されますが、D-28を代表とするフラットトップ(=ボディトップが平ら)アコースティックギターの歴史はマーチンから始まりました。多くのメーカーやクラフトマンがマーチンのギターから学び、マーチンのスタイルを継承したギターを生産していきましたが、ヤマハ、モーリス、K.ヤイリをはじめとする名だたる国内メーカーもマーチンのコピーモデルを生産することからスタートしており、マーチンのギターを仕入れては分解して構造を研究してきました。

Martin 2017 2017年サウンドメッセ展示モデル

マーチンのギターにはインレイなど装飾が入れられることもありますが、設計は合理的な機能美に満ちており、シンプルなルックスからカントリー、ブルーグラス、フォーク、ウェスタンからポップス、ロック、メタルまでどんなシチュエーションにも馴染みます。また厳選されたマテリアルを使用してきっちりと作られているクオリティの高さに、世界的な定評があります。

1904年版の製品カタログの序文でフランク・ヘンリー・マーチン氏(三代目社長)は、マーチンギターは厳格な目で選定したマテリアルを使い、厳しい注意と強靭な忍耐力で組み上げられており、様々なポイントを入念にチェックするなど高品質のために膨大な時間がかけられていると述べています。
100年以上経過した現代でもその姿勢は変わらず、廉価版やミニギターに至るまで丁寧に作られたギターを世界中に供給しています。


Layla – (Acoustic) – Eric Clapton – Pittsburgh 2013
エレキギターでの名演が多いエリック・クラプトン氏ですが、マーチンの歴史上初となるアーティストモデルは、エリック・クラプトン氏のシグネイチャーです。1992年に発表したライブアルバム「アンプラグド」では全編アコースティックギターを使用してグラミー賞を何部門も獲得し、この時代のアンプラグドブームの象徴となりました。

マーチンの歴史より

Martin Custom D
2016楽器フェアでのマーティンのブース

マーチンのギターは時代の変遷とともに生まれていきました。これまでマーチンは業界の慣習に苦労することも、時代ごとの流行で売上不振に苦しむこともありました。しかしそのようなピンチに対して守りに入らず常に積極的で前向きな姿勢を貫いています。欧米企業でありながらこれまで180年以上にわたり巨大資本に買収されることがなく、一貫してマーチン一族による経営が維持されているのは、いくつもの危機に立ち向かってきた歴史の証明なのかもしれません。マーチンの歴史をまともに記述しようとするとあまりに長くなってしまいますが、ここではマーチンギターの特徴を知る上で、特に重要と思われるポイントをかいつまんで紹介します。

初代マーチンの時代

2017サウンドメッセ
2017サウンドメッセでのマーティンのブース

マーチンの創業者クリスチャン・フレデリック・マーチン氏(C.F.Martin/マーチンI世。1796-1867)はドイツの楽器ケース職人の家に生まれ、幼くして家業を継ぎます。15歳の時にオーストリアのウィーンに住む名工ヨハン・シュタウファー氏(1778-1853)の工房に出向し、氏の製作するギターのケースを作り、またアメリカなどに売りに行っていたようです。

仕事をしながらギター製作を学んだマーチンI世は帰国して工房を設立しました。しかしヴァイオリン職人のギルドと泥沼の揉め事になり、解決への失望、そして大きな市場で勝負するために、1833年にニューヨークへ移住します。現在マーチンギターのヘッドロゴに添えられている「EST.1833(1833年設立)」は、危機に臨み更に前進しようというマーチンI世のスピリットを受け継いで行こうという、マーチン社の思いが込められています。

ニューヨークでのビジネスに苦心したマーチンI世は今もマーチン本社のあるペンシルベニア州ナザレスに移住、当時大流行していたバンジョーに対抗すべく、ウィーンスタイルのゴージャスなギターからシンプルかつ実用的なスタイルへと路線変更していきます。その過程で1850年にマーチンギター最大の特徴である「Xブレーシング」が考案されます。Xブレーシングはトップの振動が均一になり強度も上げられ、それ以後のギター設計を変えてしまう程の革命的な発明でした。

Xブレーシング
Xブレーシング

この時期は、本体の大型化と扇状に配置したブレーシングの発明により現代のクラシックギター製作の手本となったアントニオ・デ・トーレス氏(1817-1892)が独立してスペインに工房を開いた1852年に近く、クラシックギターとフォークギター、それぞれの手本がほぼ同時期に登場したと言われています。ちなみにヴァイオリンの製法を応用した設計でアーチトップのギターを製作したオーヴィル・ヘンリー・ギブソン氏(1856-1918)が靴屋を退職して工房を開いたのは1896年で、時代としてはもう少し後になります。日本では第十一代将軍徳川家斉(いえなり)の時代で、葛飾北斎が絵師として活躍していました。

マーチンJr.の時代以降

マーチン社の経営は、代々マーチン一族に受け継がれていきます。マーチンは移り変わる時代や流行ごとに新たなモデルを発表していき、その中で多くの名器が誕生し、現代のモデルに継承されています。

  • 1877年:00発表(大音量化したバンジョーに対抗するため)
  • 1902年:000発表(この年に設立したギブソン社の大きなギターに対抗するため)
  • 1931年:D発表(大音量化と迫力ある低音のニーズに答えたもの)
  • 1977年:「M」とも呼ばれる0000発表
  • 1985年:0000の厚みを増した「J」発表

それ以前の最大モデル0(オー)を大型化した00(ダブルオー)、更に大型化した000(トリプルオー)、厚みを増してくびれを太くしたD(ドレッドノート)、厚みは000でDより幅を増した0000(クアドラオー)、0000の厚みをD並にしたJ(ジャンボ)というように、時代ごとにより大きなボディのモデルが発表され大音量化していきます。

その過程で、

  • ローズウッドが主流だったサイド/バック材にマホガニーを使用するモデルを開発(1906年)
  • 全モデルでネック材をシダー(杉)からマホガニーへ変更(1916年)
  • ハワイアンやブルースの流行に応じてスチール弦モデルを発表(1922年)

など色々な開発が行われます。スチール弦モデルでは、当初ネック内にエボニーやスチールの補強が挿入されました。

Martin D28現在の定番スタイルとなっているドレッドノート:Martin D28

Martin D-28
Martin ミニギター

広い音域のニーズに応えて14フレット接続モデルを開発(1929年)していますが、現代では14フレットのドレッドノートがアコギの定番スタイルだと考えられるほどに普及しています。この14フレット接続とドレッドノートが開発された時期は、世界恐慌(1929)による不景気でギターの生産数は半減、工員の勤務日数も週三日に短縮、ヴァイオリンの部品や木製玩具なども生産してどうにか倒産を免れた状況下でした。ピンチに臨んでなお前進するマーチンのスピリットを、ここでも伺うことができますね。

以後、1980年代にはエレキギターの隆盛でリストラが必要になるほどの減産(ギブソンはアコギ生産を停止)を強いられますが、1990年代のアンプラグド(電気を使わない=アコースティック)ブームに乗じて一気に業績を回復させて新たに工場を開設、アーティストモデル、廉価モデル、エレアコ、ミニギターやウクレレなどラインナップの幅を広げ、また伝統を守りながら新素材や新技術を取り入れて積極的なギター開発を続けています。


Paul Simon – The Boxer: Live From Paris
「サイモンとガーファンクル(S&G)」で一世を風靡したシンガーソングライターであり、3フィンガーの名手。「明日にかける橋」、映画「卒業」の挿入歌「Sound of Silence」などS&Gで多くのヒット曲があるほか、ソロ活動ではラテンやアフリカン、エレクトロなど多岐にわたるジャンルを野心的に吸収しています。

マーチンギターに使用されるマテリアル

高級アコースティックギターの草分けであるマーチンのラインナップは、税込価格40万円台を標準として、10万円でお釣りが来るものから1,000万円以上するものまで、大変幅広く揃えられています。ここでは特にマテリアル(材料・材質)の違いと価格の関係に着目して、マーチンが使用しているマテリアルの紹介をしていきましょう。

トップ材

シトカ・スプルース

シトカ・スプルースシトカ・スプルース:D-28

ボディトップに使われるのは、主に「シトカ・スプルース」です。これはアラスカ南部からカリフォルニア北部に多く分布している木目の細かい針葉樹で、アラスカ檜(=ヒノキ)とも呼ばれます。スプルースは柔らかく音響性能に優れており、クラシックギターに最適なトップ材として使用されてきました。もともとクラシックギター製造から始まったマーチンは創業以来ずっと使用しており、そのため現代ではアコギのトップ材のスタンダードになっています。

アディロンダック・スプルース

アディロンダック・スプルースアディロンダック・スプルース
Custom Shop D-28

グレードの高いモデルや特別なこだわりのあるモデルには、「アディロンダック・スプルース」が使用されます。ヴィンテージマーチンのマテリアルとして有名で、弾き込む程に倍音が豊かに響く、音量のある明瞭なサウンドが得られます。ヴィンテージギターを再現する「Authentic(=オーセンティック)モデル」など高級機のトップ材には、「VTS(=ヴィンテージ・トーンシステム)」という処理が施されていて、ヴィンテージギターの振動の仕方を年代ごとに再現しています。

VTSは高温と高圧で木材を熟成させ、木材の内部組織に変化をもたらす技術で、「古材化処理」とも言われています。木材を古材化すると剛性が高まることから建築資材として研究が進められてきましたが、近年楽器開発においても少しずつ応用されてきています。木材が長い年月を経て物質的に変化することで、倍音が豊かで抜けの良いヴィンテージサウンドが作られます。マーチンでは、高温高圧処理の結果を実物のヴィンテージギターと比較し、年代ごとの内部構造を模倣することに成功しました。新品のギターなのに何十年も経過したかのような抜けのあるサウンドが得られることから、海外サイトではこの処理を「タイムマシン」と表現しています。日本では「玉手箱」と言った方がイメージしやすいかもしれません。

ハイプレッシャーラミネイト

ハイプレッシャーラミネイトハイプレッシャーラミネイトのサイド材
DX-1 RAE(Xシリーズ)

いっぽう価格を抑えたモデルには「HPL(=ハイプレッシャーラミネイト)」という合板が使用されることがありますが、この素材はトップ材としてよりもサイド&バック材として多く使われます。

HPLは木の薄板を何層も高圧で圧着した新素材で、木材として加工することができる上に剛性が高く、ギターのマテリアルとしては「温度や湿度の影響を受けにくく調整が崩れにくい」という大きなメリットがあります。マーチンギターに使用される時には、スプルースやマホガニーなどの木目がプリントされます。

サイド/バック材

マホガニー

Solid Genuine MahoganyD-18のバック材

標準的な現行モデルで使用されるサイド/バック材は、D-18や000-18などの「スタイル18」では「Solid Genuine Mahogany(=代替材ではなく正真正銘の、マホガニー単板)」が使用されます。「Solid」は「硬質な」という意味もありますが、「無垢材(=Solid Wood、単板)」の意味で使用されています。良質なマホガニーは慢性的に入手困難で、マーチンは世界各地から手配に腐心しています。

生産ロットごとにマホガニーの産地が異なるため産地を表示することができず、余計な混乱を防ぐためにこのような表示になっています。

ローズウッド

ブラジリアン・ローズウッドブラジリアン・ローズウッドのバック材

一方D-28、D-45、000-28など「スタイル28」以上のグレードでは「インドローズ」が使用されます。インドローズは日本では「紫檀」の名で親しまれている銘木で、中世のヨーロッパでは貴族や王室の家具に使われていました。さらにグレードが上がり、100万円を超えるモデルになると「マダガスカル・ローズウッド」が使用されます。ローズの中では最も重く硬質で、そのため音圧と音量が上がり、立ち上がりのよさときらびやかさがトーンに加わります。

最高グレードになると「ブラジリアン・ローズウッド(=ハカランダ)」が使用され、暖かく甘い響きを堪能することができます。

サペリ、モラド、シリス

サペリのバック材Road Series:DRSGTのバック材

30万円前後のモデルでは、マホガニーの代替材として認知されている「サペリ」、ローズウッドの代替材「モラド(=ボリビア産)」や「シリス(=東南アジア産)」が使用され、20万円を下回るモデルでは上述の「HPL」が使用されます。

これらは代替材ではありますが、サウンドの判断がなかなか付けられないくらいに本物そっくりのトーンを持っています。

ネック材

マホガニー

ヴィンテージマーチンのネック材と言えばマホガニーであり、最高品質のものはホンジュラス産であるといわれています。ところが現在、良質のマホガニーは全世界に供給するに十分な量を揃えることが大変困難で、マーチンの泣き所になっています。主要モデルのネック材は「Selected Hardwood(=厳選された堅い木)」と表示されていて、どういった品種の木材かまでは分かりません。しかしながらマーチンのギターに採用する上で、十分な品質を持っているマテリアルであるとされています。100万円を超える高級機でも、現行モデルでは同様のネック材が使用されます。

マホガニーのネックはヴィンテージギターを再現した高級機などに限定的に使われますが、ここでもボディ材同様「Solid Genuine Mahogany(=代替材ではなく正真正銘の、マホガニーの無垢材)」が使用されます。1,000万円を超える超高級モデルですらこの表示がされるところから、安定的に良質なマホガニーを揃えることが、いかに難しいのかが分かりますね。

ストラタボンド

ストラタボンドのネックストラタボンドのネック:DRS2

30万円近辺のモデルからは、「Stratabond(=ストラタボンド)」という集積材が使用されます。

これは1mm厚ほどの板を何層にも重ねて貼り合わせたもので、廃材を利用しているため安価で、また多層ラミネートであるため強度に優れており、温度や湿度の影響を受けにくく調整が安定するという利点があり、特にライブでの使用を想定したエレアコなどに積極的に採用されています。

指板/ブリッジ材

D100 Deluxe の指板D100 Deluxe の指板

標準機種から最高グレードまで、指板とブリッジには「エボニー(=黒檀)」が使用されます。エボニーはローズウッドより硬く、サウンドも硬質になりメリハリが出ます。30万円近辺のモデルから、エボニーの代わりに「リッチライト」という人工素材が使用されます。

リッチライトは再生紙を圧縮して樹脂を加えた人工の木材で、ギブソンなど他のメーカーでもエボニーの代替材として採用されています。聞き分けることができないほどサウンド特性が酷似しており、強度があってフレットやブリッジピンの圧力に余裕で耐え、なおかつ工業製品なので個体差(当たり外れ)がなく、環境変化に強いため調整が狂いにくく、オイルメンテを必要としない大変便利な素材です。「銘木」のプレミアム感がない所に目をつぶれば、楽器用のマテリアルとして大変優れていると言えます。


続いては多岐に渡るマーチンのラインナップについて、詳しく紹介していきます。