イカ?ホウキ?失敬な!究極のトラベルギター「Martin Backpacker」[記事公開日]2021年2月2日
[最終更新日]2021年02月6日

Martin Backpacker

1992年、「あのマーチンが、端材でミニギターを作った」というニュースは、ギター業界を震撼させました。トラベルギター「バックパッカー」として発表されたそのギターは、「イカ」とも「ホウキ」とも見える第一印象から「なんだこれは。」と思われました。

しかしサウンドは、さすがマーチン。予想を大きく裏切る豊かなサウンドが、一気にファンを獲得しました。衝撃のデビューを果たしたバックパッカーは、30年近くを経た今なお、他に類を見ない絶対的な存在感を放っています。今回は、このバックパッカーに注目していきましょう。


Sawlon “Martin Backpacker Demo”
コレは、ヘッドがスリムな旧モデル。現行モデルでは、マーチン伝統のヘッド形状、設立年の記載のあるブランドロゴが採用されています。

Martin「Backpacker」の特徴

バックパッカーは、「トラベルギター(=キャンプや旅先で気軽に演奏できるギター)」というコンセプトで誕生しました。ネックがそのまま末広がりになっていったかのようなボディは、厚みも抑えられています。付属のキャリングケースは長方形ですから、サイズ/形状ともに、旅行の荷物に差し込むのもカンタンです。

この「スリムな本体」だけで終わらないのが、マーチンです。音へのこだわりが存分に注ぎ込まれた「攻めた設計」により、このサイズでありながら豊かな響きが得られる、しっかりとしたギターとして設計されているのです。バックパッカーの特徴を見ていきましょう。

Backpacker
バックパッカーとは、低予算で国外を個人旅行する旅行者のこと。バックパックを背負って移動する者が多いことから、この名が付けられた。(Wikipediaより)

この形状でありながら、豊かな響きを生むボディ

Backpacker:ボディ

バックパッカーのボディは、まさかの「総単板」です。トップは「シトカスプルース単板」、サイド&バックは「ソリッド・トーンウッド(=音の良い無垢材)」です。価格を抑えたミニギターでこのスペックは、なかなかできることではありません。マーチンは、バックパッカーのボディ材に「端材(はざい)」を使うことで、大幅な低価格化を実現しているのです。

通常のギター製造では、木材の切れ端が大量に出ます。これが端材です。ほかのギターを作るときに出た切れ端から、バックパッカーは作られているわけです。スリムなボディ形状は、端材を使うからこそ。端材はもともと捨てていたものですから、ボディの材料費はタダ同然です。しかも、端材とはいえもともとはマーチンのギターを作るための木材だったわけですから、木材としてのグレードは高く、響きも良いのです。貴重な木材資源の有効活用にもなります。

ネックは木材だけでできている

Backpacker:ネック

バックパッカーのネックは、トラスロッドを持ちません。金属が埋め込まれていない「木材だけでできたネックの鳴り」を得ることができるわけです。「ネックにトラスロッドが入っていない」という設計は、反りを調節できないリスクもあり、現代のスチール弦のギターでは相当こだわったモデルでなければ採用されません。しかし構造上ヘッド側に重心が寄りやすいバックパッカーでは、トラスロッドを使わないことでネック重量を大きく軽減できる、というメリットが重視されたわけです。部品代や加工の手間も軽減できます。

なお、ネックへの負担を軽減するため、使用する弦にはエクストラ・ライトゲージが推奨されます。ネック材は「セレクテッド・ハードウッド(=厳選された堅い木)」です。どんな木材が使われているのかの特定は困難ですが、マーチンが責任を持って選定した木材なので、心配はありません。

グリップは、ちょっと太め

ネックグリップについては、「普通のギターと比べても太い」と感じる人が多いようです。何しろトラスロッドが入っていませんから、ある程度は太くする必要があるんです。また、ネックは弦振動を受け止める部分でもあります。太くしっかりとしたネックは、ボディの小ささをちょっとフォローできます。

ブリッジと指板は、環境に優しい人工素材

Backpacker:ブリッジ

ブリッジと指板には、人工素材「リッチライト」が使用されています。同名の企業が開発したリッチライトは、フェノール樹脂に浸した何層もの紙を固め、パネル状に成形したものです。ギターではエボニー材の代わりに使われますが、非常に頑丈で安定しており、オイルを塗布するなどのメンテナンスを必要としません。

エボニーは希少材で、あるところにはあるけれどもなかなか贅沢には使えません。ほかのメーカーでは、代替材としてパーフェローやグラナディロなどを使用することもあります。しかしマーチンとしては、そのためにわざわざ木材の仕入れや選定をするのが、バックパッカーのコンセプトに合致しなかったわけです。その点、人工素材ならば安定的に低価格で仕入れることができ、また個体差を心配しなくてよいので、材料を選定する手間が省けて、価格を抑えることができるわけです。リッチライト指板は頑丈ですから、トラスロッドを持たないネックの補強として、反りやねじれを防ぐ機能も期待できます。

また、マーチンの使用するリッチライトは、国際的な森林管理の認証を行う協議会「FSC(Forest Stewardship Council)」の認定を受けています。

特殊な形状により、ストラップ必須

バックパッカーには、長方形のキャリングケースのほかに、ストラップも付属されます。この特殊な形状から膝に置いて弾くにも安定させにくく、ストレスなく演奏するためにはストラップが必須だったわけです。重量バランスは若干ヘッド側に偏っていて「ヘッド落ち」が起きますから、ストラップを使って右ひじでボディに重みを加えるか、左手でネックを支えるか、という弾き手の工夫が求められます。

豊かなサウンドを生む秘密

スリムなサイズに似合わない大きな音、軽やかな可愛らしいトーン、バックパッカーのこうしたサウンドの秘密は、ボディの木材構成だけではありません。設計の面でも、良い音を作るための工夫が凝らされています。

ミニギターとしては長めの弦長で、張りのある弦振動が得られる

弦は細いですが、弦長が24インチと、ミニギターとしては長めに設定されています。これは、普通のギターでいえば、1フレットにカポタストを装着しているのとだいたい同じ長さです。弦長の長さは、弦の張力に影響します。弦長が長ければ弦の張りは強くなり、張りのあるブライトな響きが得られます。サウンド面では「ちゃんとマーチンの音がする」と感じる人もいるほどです。

15フレットまでの指板にも理由が

普通のギターの指板は、だいたいサウンドホールぎりぎりまで伸びています。これは音域を広くするという目的のほかに、指板をボディトップに貼りつけることで、弦の引っ張りに対するネックの踏ん張りをサポートする目的があります。しかしその指板が、トップの自然な振動を妨げてもいるのです。

これに対してバックパッカーの指板は、15フレットまでしかありません。ネックの踏ん張りについては他の工夫でうまいこと補填するとして、この設計によって自然に振動できるトップの面積を確保しているわけです。

メキシコ自社工場で責任をもって製造

ミニギターやトラベルギターは、楽器というよりオモチャとして扱われることもあります。その点バックパッカーは楽器としての品質をあきらめておらず、ほかのマーチン製ギターと同様に、マーチンの自社工場で責任をもって製造されます。その品質は材料や構造からも明らかですが、出荷時の調整にも現れます。

しっかりチューニングが合う、押さえたところの音高が正確、こうした楽器としては当たり前、ミニギターとしてはハードルの高いポイントがしっかり押さえられて、バックパッカーは出荷されるのです。

Martin Backpackerのラインナップ

現在のバックパッカーは、スチール弦でピックアップのない1モデルがリリースされています。バックパッカーはもともと旅先で気軽に演奏するためのギターですから、ピックアップは無くても良いわけです。

Backpacker Steel String

Backpacker Steel String

「究極の旅ギター」を標榜するバックパッカーは、ヘッドにマーチンのブランドロゴを冠しつつ、装飾のほとんどない素朴な楽器として仕上がっています。手塗りでマットに仕上げられた総単板のボディからは、木材の温かみを感じることができます。指板とブリッジは人工素材ですが、マットな黒い色調は楽器に良く馴染み、違和感がありません。

持ち運びに便利な長方形のキャリングケースと、野外での演奏になじみやすいブラウンのストラップが付属します。