「モーリス」は株式会社モリダイラ楽器が保有するブランドで、アコースティックギターを中心とした製品をリリースしています。モーリスのギターは極めて幅広いラインナップを持ち、これからギターを始める人から第一線で活躍するトッププロまで、これまた極めて幅広いユーザーに愛用されています。歴史のあるブランドですが「ギター作りの新しいフィールドで、常に挑戦者でありつづける」というポリシーを掲げ、これまでになかった新しい発想のギターを世に問うなど「攻め」の姿勢もある、野心的なブランドでもあります。今回は、この日本を代表する老舗ブランド、モーリスに注目してみましょう。
《初心者から一流のプロフェッショナルまで》Morris訪問インタビュー
ACIDMAN – アルケミスト
ミクスチャーやパンク系の曲もありながら、ぐっと来る曲も豊富なACIDMAN。ライブで見せる洋楽のカバーにも定評があります。
モーリスの歴史は1960年代、寺内タケシ氏やベンチャーズが一世を風靡して「エレキブーム」に日本が湧いていた時代に始まります。モリダイラはこの頃から早くもフォーク/ウェスタンギターに注目、長野県松本市の工場(現在のモーリス楽器製造。モリダイラとは別会社)にて「穂高(Hotaka)」のブランド名で量産していました。ブランド名をモーリスに改定したのは1972年で、国内ではカレッジフォークや反戦歌が、また海外からはPPM(ピーター・ポール&マリー)やジョン・バエズ氏らが脚光を浴び、フォークブームが起こっていました。人気グループ「アリス」とのコラボレーションはこの頃からで、「モーリス持てば、スーパースターも夢じゃない」というラジオCMも話題となって、モーリスは業績を上げていきます。
長野県松本市の工場
ピーク時には年間33万本を販売する勢いだったことから「フォークブームを支えたブランド」とも言われるモーリスでしたが、ハードロック/ヘヴィメタルが隆盛を極めた1980年代中盤、アコーステックギターの需要が激減して業績は低迷します。いっときは「生産体制の維持も危ぶまれる事態にまで陥った」と言われますが、そのような状況でも将来の復活を見据えて生産を継続します。衰退の原因はハードロックでしたが、復活のきっかけもハードロックでした。1990年代初頭からのムーブメントで、ハードロックバンドのリリースするアコースティックナンバーがヒットしていったのです。Mr. BIGの「To be with you」やEXTREMEの「More than Words」などが世界的なヒットとなり、「ハードロックバンドのギタリストがアコギを持ったら売れる」という時代が到来しました。
このシーンでアコギに要求される外観や機能、サウンドはフォークブームの時代のものとは一味違っていましたが、これまで絶やさず生産を続けていたモーリスにはノウハウの蓄積が十分にあり、アコースティック復興の流れにしっかり乗ることができたと言います。
その後「ソロギターが盛り上がってきている」というシーンに応ずる形で、2001年には「フィンガーピッキング(ソロギター)専用機」という新しいコンセプトで「Sシリーズ」を開発、同年ソロギターのコンテスト「フィンガーピッキングデイ」を立ち上げ、ソロギターのムーブメントをがっちりと下支えしています。
モーリスのギターは、マーチンやギブソンが先導してきた伝統的な工法を尊重しながらも、攻めの姿勢に溢れた構造が積極的に採用されており、確固たるオリジナリティを持っています。モーリスのギターにはどんな特徴があるのか、かいつまんで見ていきましょう。
“Amazing Grace“ by Tokio Uchida
カントリー/ブルース/ブルーグラスの大家、打田十紀夫氏。教本の執筆も数多く手掛けており、氏の著書のお世話になっているという人も多いはず。氏のシグネイチャーモデルは、下記Sシリーズをベースにしたマホガニーネック&ボディに、ローズウッドでバインディングが施されています。
ボディとネックとの接合には、「アリ溝(ダブテイル)」方式が採用されています。これは根元が細くなるように切り出した接合部分を台形の溝に挿しこむジョイント方式で、手間のかかる構造ですがネック&ボディの密着度が高いのがメリットです。これによって弦の張力に負けず「ネック起き」しにくい剛性と、弦振動の伝達をさまたげない音響特性の両立が果たされています。
フレットを打ち込んだ指板をネックに貼る方が作業は簡単ですが、指板とネックを貼りつけるとお互いの干渉で木材に狂いが生じてしまいます。モースでは貼りつけ後に狂いを出し切らせてから指板調整を施し、ここではじめてフレットを打ち込みます。これはフレットの「後打ち」と言われ、精度の高いしっかりとしたギターを作るためには大変重要な手法です。この結果フレットの頂点がきちんと揃い、低い弦高にセットアップしてもビビりにくい指板が出来上がります。
船で運ばれるコンテナの内部は、できればご遠慮したい過酷な環境です。海外で生産されたギターは、コンテナで運ばれてくる間に変調をきたすかもしれません。また日本に来てからその気候の影響を受け、セッティングを狂わせるかもしれません。モーリスでは海外で作られたギターを一旦松本(工場隣接の配送センター)に送り、日本の気候に馴染ませるためにしばらく寝かせます。その後一本残らず開封して全て検品し、必要なら再セットアップを施して出荷します。こうした手間を惜しまないことで、比較的低価格なモデルであっても国産のギターに肩を並べるほど、良好な状態で販売店に届けられます。
モーリスのギターは伝統的な工法を大事に守りながらも、強度とサウンドを決定づける「ブレーシング」において他社に例を見ないオリジナリティを発揮しています。
ラウンドバックのモデルは、ボディバックにもXブレーシングが採用されます。この構造はラウンドバックの曲面を維持するとともに、低音の押し出しを強調する働きがあります。
トップでは伝統的なXブレーシングに加え、
などがあります。Xブレーシングを増やすことでトップの剛性は飛躍的に向上します。そのぶんブレーシング自体を細く、またトップ材を薄くすることができるため、大型のボディでもしっかりと形状を維持する強度がありながら、豊かな鳴りを確保することができます。
荒井岳史(the band apart)それだけじゃすまない – @ 熊枠サミットvol.2
中毒性のあるコード進行に特徴がある「the band apart」の荒井岳史氏。モーリスのギターは低音が整理されており、バンドとの相性も抜群です。
モーリスのギターは共通して、整理された聞きやすい音を持っています。特に低音域のモコモコしたところがきちんと整理されていて、コードが明瞭に響ます。明るさや軽やかさを感じさせ、しかし物足りなさを感じさせることはないバランスの良いサウンドは「モーリスの音」と言われます。こうした音はライブやレコーディングで扱いやすく、ソロでもアンサンブルでも重宝します。
モーリスでは3つのグレードが用意されています。お互いにボディ形状など仕様が近いものも多くありますが、生産する部署はそれぞれ異なっています。
PERFORMERS EDITION (パフォーマーズ・エディション) |
海外工場で生産される、求めやすい価格帯のもの。これから始める人が最初に手に入れるギターに最適でありながら、上達してからでも長期的に愛用できる音と品質がある。 |
HAND MADE PREMIUM (ハンドメイド・プレミアム) |
長野県松本市のモーリス工場にて職人の出造りで生産される、グレードの高いもの。松本工場は品質の向上を常に意識しながらも効率的な生産体制をとっており、10名ほどの職人によって月産で50~60台のペースで生産される。 |
LUTHIER MADE PREMIUM (ルシアーメイド・プレミアム) |
モーリスの最高グレードで、ルシアー森中巧氏が全工程に携わるこだわりの手工品。厳選された木材はHAND MADE PREMIUM向けと区別して確保され、工場とは独立した部署で制作される。オーダーメイドなのでさまざまな仕様があり、カタログで紹介されているモデルはオーダーの参考例という扱い。年間で24~30本。 「LUTHIER MADE PREMIUM」は新しい工法や構造を模索する部署でもあり、サンプルの制作も担当しています。ここで製品に反映されたアイディアが、順次「HAND MADE PREMIUM」や「PERFORMERS EDITION」の設計に活かされていきます。 |
表:モーリスの3つのグレード
2001年に発表された「Sシリーズ」は、「ソロギターを主体としたフィンガー・ピッキングというスタイルにフィットするよう設計されたギター」という新しいコンセプトで開発されました。このようなギターはそれまでは一部の手工家が制作するものしかなく、ファクトリーメイドのアコースティックギターとしてはモーリスが初めてです。新しいフィールドに果敢に挑戦するモーリスの姿勢が、いかんなく発揮されたモデルだと言えるでしょう。ではここから、フィンガー・ピッキング・スタイルに対してモーリスが出した回答、Sシリーズの特徴に注目してみましょう。
【Sシリーズ】フィンガー・ピッキング・スタイルに求められるギターとは
では次のページから、ハンドメイド・プレミアムとパフォーマーズ・エディションをピックアップし、モーリスのラインナップをチェックしていきましょう。
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