「モーリス」はフォーク全盛期を支えた老舗ブランドで、求めやすい低価格帯から工芸品のような最高級品までの、幅広いラインナップを誇っています。それゆえギターを始めたばかりの初心者から一流のプロフェッショナルまで、たいへん多くのギタリストに愛されています。
今回はこのモーリスを取材する機会をいただきまして、マスタールシアーの森中巧さんとブランドを統括する株式会社モリダイラ楽器の鈴木剛さんにお話を伺いました。
MORRISのマスタールシアー森中巧さん(右)と、株式会社モリダイラ楽器営業企画室主任の鈴木剛さん(左)。
※今回は回答者がお二人ですが、区別する必要のあるコメント以外は「MORRIS」の仮名で統一しています。
── 宜しくお願いします。「何て大きな工場なんだ!」って思っていたら、商品配送センターでした(笑)。
MORRIS モリダイラとモーリスは別会社ではありますが、モリダイラの製造部門がモーリス、モーリスの販売部門がモリダイラというような、持ちつ持たれつの関係になっています。モリダイラは輸入商品も取り扱っておりまして、海外から運ばれたものもモーリス工場で作られたギターも、全ての商品が一旦この商品配送センターに集められ、各地へ送られます。
この商品センター2階では、モーリスの海外製ギター「Performers Edition」を「全数点検」しています。海を渡ってくる間に多少なりとも調整が崩れることもあるので、キズがついていないか、調整がしっかりしているか、職人が一本一本残らず検品し、調整が必要なものに対しては手直しをしています。ですから「極めて日本製に近い海外製品」と言っていいでしょう。販売店さんからも、製品の品質に対して信頼をいただいております。
── モーリスのラインナップは大きく3つに分かれていますね。それぞれどういったものでしょうか。
MORRIS モーリスのラインナップは、
という3つのシリーズで展開しています。
「Luthier Made Premium」は、マスタールシアー(森中氏)が全行程に携わって仕上げるもので、個人ルシアーによる「こだわりのギター」に比肩するギター作りを行なっています。製品は工芸品のような美しい高級機で、アーティストさんが使用する一点ものや一般のお客様からのオーダー品も製作しますが、これは一人でやっているので、年間に24~30本程度の生産数になっています。ギター製造だけでなく、新しい技術を模索してサンプルを作ることも多々あります。
「Hand Made Premium」は、ここ松本工場で作る国産のライン生産です。10人ほどの職人がそれぞれの専門分野に分かれて、手作りのギターを月産で50~60本のペースで効率的に仕上げています。ボディ内側に貼るラベルには、職人チームのリーダーである藤村正明の名が記されています。
「Performers Edition」は、気軽にギターを持って頂けるような、普及価格帯の製品群になります。現在は中国の工場で生産していますが、工場は時代ごとに移り変わっています。これは800本ずつまとまって入荷するんですが、多い時には月に2回入荷することもあります。
MORRIS 松本工場ではアコースティックギターだけでなく、モリダイラの自社ブランド「ビル・ローレンス」のエレキギターなども作っていました。ピックアップブランド「ビル・ローレンス」は海外ブランドですが、モリダイラではこのビル・ローレンスのピックアップを搭載したギターのブランドとして同名を使用しています。また「H.S.アンダーソン」はモーリスの保有するブランドで、ここモーリス工場で生産されています。
── 「全数点検」では、どこまでのレベルで点検するんでしょうか。
MORRIS 海外で作られたギターは、4本ないし6本を1カートンとしてまとめた形で送られます。これを全部開封して、とにかく全部チェックしていきます。点検では、弊社で定めた調整の範囲や品質の基準と照らし合わせていきます。
問題がないものが多いですが、調整が必要なものもあれば、バフがけや塗装のやり直しが必要になることもあります。2~3人の職人がつきっきりで点検するんですが、ギターは800本ずつ送られてきても、ここのチェックを通過して出荷されるのは毎月600~650本くらいで、残りは翌月に持ち越しになります。
豪華な装飾も魅力的な Luthier Made Premium
── オーダーメイドはどこまでできるんでしょうか。
MORRIS 材料やネックグリップ、意匠などかなりの幅で応じることが出来ますが、ヘッド形状やボディ形状についてはこちらが対応できるものに限りがありますので、「セミオーダー」という言葉が正しいでしょう。ヘッドインレイの材料を変更するなど意匠についても自由度がありますが、ロゼッタ(サウンドホール周りの装飾)のデザインはこちらが提案するものの中からお選びいただくことになります。
── 「Bevel」の名が付いたモデルには、エレキギターに見られるような「コンター加工」や「エルボーカット」が施されていますね。削られている分だけ、ボディ幅が大きなギターもラクに構えられそうです。近年の高級アコースティックギターで流行しているスペックですが、あれはどうやって施すんでしょうか?
MORRIS(森中) これについては自分なりのやり方ですが、最初に普通のギターを作って、そのボディを削ります。削った跡に合うように木材を加工して貼り合わせる、ということをします。
MORRIS(鈴木) 各所から「弾きやすい」という評判をいただいておりますが、作業がかなり大変なぶんお値段に影響するので、数が出ているというわけではありません。今のところルシアーメイドのみの設計なんですが、営業サイドのモリダイラから言わせて頂きますと、コレをゆくゆくは「Hand Made Premium」のライン生産で効率的に生産ができる研究が進んで頂くことを願っております。
── カタログに記載されているものは、今まで作ったものということですか?
MORRIS そうですね。ただ「Luthier Made Premium」はオーダーや一点ものを作るシリーズなので、ここに記載されているものは「作品例」と捉えていただきたいものです。これをそのまま作るのはもちろん、これらを出発点としたカスタムをお受けすることができます。そういう意味では、楽器フェアやサウンドメッセなどイベント向けに「こういうものを作りました」という紹介だけでなく、お客様からのオーダーで「こういうリクエストにお応えしました」という紹介でもあります。
7弦のものもありますが、最近エレキギターの分野で弦がどんどん増えていることから、アコギの弦が増えてもいいじゃないか、というひとつの提案です。7弦で、かつバリトンになっている前例のないギターなので「挑戦者求む」な一本です。
── フィンガーピッキング仕様モデル「Sシリーズ」とは、どんな特徴があるギターなのでしょうか。
MORRIS 「S」には「ソロギター」、「シングルカッタウェイ」、「スペシャル」などいろいろな意味を込めています。「レ点」気味のカッタウェイを持ちホーンの先を丸く整えた「ベネティアン・カッタウェイ」のモデル(S-91、S-102など)と「し」のような深くえぐったカッタウェイと尖ったホーンを持つ「フローレンタイン・カッタウェイ」のモデル(S-96、S-107など)の2機種をラインナップしていますが、これらはボディサイズ、ブリッジ形状などに違いを設けた別のギターになっています。
ここで言う「フィンガーピッキング」というのは、ソロギターを主体としたスタイルのことを指しています。Sシリーズはこの分野にフィットするようにネック幅および弦の間隔を微妙に広く取ってありますから、コードをいっぺんに弾くようなスタイルよりも、アルペジオ的に一本ずつの弦を弾くスタイルに向いています。「ソロギターが盛り上がってきている」というシーンに対応するため、この分野で活躍しているプロミュージシャンの意見を多く集めた設計になっています。
特にネックは幅が広く、薄くて扁平な形状になっているのが特徴です。4フィンガーを主体とするプレイスタイルに特にフィットさせるため「クラシックギターの要素」を多く取り入れており、指板にポジションマークが無いモデルが多いのもその影響です。しかしサムピックを使用するカントリー/ブルーグラス系のスタイルにも、ちゃんとフィットするようにバランスを取ってあります。
またこちらの分野の方々は、上から下まであらゆるポジションで演奏するのが普通ですから、そういう方たちのために「どんなポジションでも安定して音が出せる」ということを目指しています。それに向けて音の粒立ちが良くなるようなブレーシングの配置をしており、繊細でありながら音量もあるギターになっています。
── MORRISで今、いちばん人気のあるものは何でしょうか。
MORRIS 数で出ているのは「Hand Made Premium」のS-101や91、またS-92ですが、S-92や、最新モデルのS-101Mといったモデルは南澤大介さん使用モデルの廉価版に相当するものです。南澤さんの人気シリーズ「ソロギターのしらべ」がソロギターの譜面ではベストセラーになっているんですが、その影響が出ているようです。
Top of the World (acoustic guitar solo)
ソロギターアレンジの醍醐味のひとつに、原曲のイメージやフレーズをどこまで活かすことができるかがあります。南澤大介氏のソロギターアレンジは、まさにこの二つをしっかりと押さえた模範的なものです。
ソロギターのしらべ
Sシリーズはソロギター向けに設計しているものでしたが、指板が広くて押さえやすい、どこのポジションでもバランス良く鳴る、といった性能がストローク系を主体とするアーティストさんにも認められてきています。バンドのリードプレイがしやすいということもあって、普段エレキギターを弾いているロック系のアーティストさんにも使っていただいております。むしろ、全人類に弾いて欲しいギターです(笑)。 「Luthier Made Premium」のオーダーメイドでは、「S」とそれ以外が半々という割合です。やはりソロギター指向、また使用アーティストさんの影響が大きいのですが、一方モーリスは「アリス」の代名詞でもあって、その影響でドレッドノートなどガンガンにストロークするスタイルにぴったりのギターもオーダーいただいています。 アリス コンサートツアー2013~It's a Time~日本武道館ファイナル アリスと言えばモーリス。「アリスは歌のチャンピオン。ギターのチャンピオンはモーリスギター。」「モーリス持てば、スーパースターも夢じゃない。」などのキャッチフレーズを覚えている人は、今なお相当数に上ります。アリスとコラボしたラジオCMでもモーリスは有名でした。
── ブレーシングについてお聞きします。モーリスは内部のブレーシングが個性的ですよね。特にバックにXブレーシングを貼付けるブランドは他にはありません。これにはどういったメリットがあるんでしょうか。
MORRIS(森中) Sシリーズを開発する時に、ボディバックの曲がり方が強い「ラウンドバック」を採用しました。この構造だと倍音成分が強調され、膨らみのあるサウンドが得られます。普通のギターはバックに「ラダーブレーシング」といって4本平行なブレーシングを貼るんですが、ラウンドバックを維持するだけの強度が不足していることが分かりました。それでこのバック形状をキレイに保つブレーシングをいろいろ模索した結果、Xブレーシングが最も向いていることが分かったんです。
MORRISの独自構造、ボディバックに配置されたXブレーシング
バックのXブレーシングは、低音の「押し」を強くすると感じています。通常のラダーブレーシングは高音の「押し」を強くする傾向にあるんですが、これと比較するとそう感じますね。
MORRIS の XX TOP
「Hand Made Premium」で使用されるブレーシングはスタンダードなXブレーシングと「XX TOP(ダブルXブレーシング)」の2種類、「Performers Edition」ではXブレーシング1種類となっています。
あとのFAN TOP、LATTICE TOP、AXL TOPは「Luthier Made Premium」のみで使われます。
クラシックギターに近い配置となるFAN TOP
FAN TOPはクラシックギターのブレーシングに近い設計なんですが、クラギの「鳴り」というより「音の出方」をクラギ的にしようとしています。クラギは高音弦のサスティンが意外に少なくて、速いフレーズにちゃんと付いてくるキレのよさを持っているんです。FAN TOPはこれを目指したんですが、目論みはおおむね当たったと感じています。
MORRISの独自構造、LATTICE TOP(左)とAXL TOP(右)
LATTICE TOPは通常のXブレーシングの下にさらに二つ、AXL TOPはさらに三つ、Xブレーシングを並べています。「SJ」というボディの大きなギターを開発する際にLATTICEを発案したんですが、AXL TOPは「S」シリーズのボディ厚を落とした「SC」シリーズ向きとして発案しました。ボディ厚を下げると弾きやすい反面、音響が減るし低音も薄くなってしまいます。そのぶんトップの振動を稼ごうとしてブレーシングを削って軽量化すると、今度は楽器本体の強度が損なわれてしまいます。そこで細いブレーシングをいくつも重ねることで、強度を確保しながらも質量を下げるという新しいブレーシングが完成しました。
現在ではこの二つに関する研究が進んでいるので、ボディが小さくても大きくても、LATTICEもAXLも使用できます。こういった新しい設計を開発していくのも「Luthier Made Premium」セクションの仕事です。新しいアイディアはほぼ狙い通りの結果が得られるんですが、それが自分の思い描くドンピシャの出来映えに到達するには模索と研究が必要です。
── 10年ほど前だと思いますが、モーリスは指板の接着などで、昔ながらのニカワを使用している事をアピールポイントにしていました。現在ではそういった打ち出しがされていないようですが、工法に変更があったのでしょうか。
MORRIS(森中) はい。重要な箇所で使用する接着剤を通称フェンダーボンドと呼んでいる「タイトボンド」に切り替えたことで、作業効率が格段に向上しました。固まる時にどれだけしっかり堅くなるかは、接着剤によって違います。これまでは昔ながらのニカワがもっとも堅くなることから、音の伝達を阻害しにくい理想的な接着剤として重宝されてきました。しかし固まるまでの時間が短く、作業が難しいなど、厄介なことが多い接着剤でもありました。その点タイトボンドは乾くのが早くてなおかつニカワより断然しっかり固まりますから、音の伝達についてはむしろ向上しています。
MORRIS(鈴木) ラッカーからウレタンへ、ニカワからタイトボンドへと、ギター製造で使用する溶剤は移り変わっています。「昔ながらの製法のプレミアム感」はいまだ健在なんですが、現在ではウレタンもタイトボンドもラッカーやニカワを超えるまでに進化しています。私がモリダイラに入社した時には、塗装は既にウレタンに移行していました。タイトボンドへ移行したときは一抹の不安を感じましたが、移行後も販売台数や品質の評価に対して何の影響もありませんでした。
── ヘッドデザインについてですが、ロゴマークの入り方がいろいろありますね。これはどのように区別しているのでしょうか。
ヘッドロゴのデザイン(左から):旧式、Performers Edition、Hand Made Premium
MORRIS 「MORRIS」をタテに配置するヘッドロゴは、70年代に採用していた旧式のもので、当時を知るお客様にとっては懐かしさを感じていただけるかと思います。「Performers Edition」ではヨコ書きの「MORRIS」が基本で、「Luthier Made Premium」と「Hand Made Premium」では「M」のインレイが目印です。
「Luthier Made Premium」の洗練されたヘッドロゴ
この「M」を大きく引き延ばして90度傾けた意匠は最近できたもので、今のところ「Luthier Made Premium」のみで使用されます。新しいヘッドシェイプに従来の「M」のインレイがどうしても美しく収まらなかったことから、いろいろ検討した結果たどり着いたものです。ローズウッドの付き板にメイプルの「M」をはめ込んでいるんですが、オーダーではこの木材を変更することもできます。
最近はクリップチューナーが一般化していますが、これによって従来のロゴは隠されてしまうので、それを回避するという目的もあります。従来の「M」は、ちょうどクリップチューナーをつけやすいところに配置されていますよね(笑)。
── モーリスはこれから先、何を目指していますか?
MORRIS 長生きしたいです(笑)。モーリスに限らず、これからも楽器がかっこいいものであり続けて欲しいと願っています。その中で、モーリスとしてかっこいいギターを作り続けていきたいと思っています。ギターは基本的にミュージシャンが使う「道具」であって、モーリスはミュージシャンが必要としているものを提供してきたブランドです。これから音楽のスタイルがどのように変わっていこうとも、付いていけるよう精進していくつもりでおります。
── 日頃はどんな仕事をしていますか?
MORRIS(鈴木) 私は「営業企画室」所属ですが、ここでは製品企画、販売促進のプロモーション、市場調査といったところを担当しています。製品企画では市場調査や音楽のシーンを観察した上で「こんなギターがほしい」というようなアイディアを出して、実現できるかどうかを工場と相談します。
MORRIS(鈴木) プロモーションの一環として、ソロギターのコンテスト「フィンガーピッキング・デイ」を企画しています。このイベントは丸一日フィンガーピッキングで、大変濃厚です。音源審査や地区予選を通過した20名が毎年4月に横浜に集まり、ライブ審査をします。
コンテストは誰でも知っている曲とオリジナルという、2曲のソロギターを披露してもらいます。カバー曲はどんな曲でも良くて、ゲームミュージックをやる人もいれば演歌をやる人もいます。ネタに走る選曲も多いんですが、静まり返ってしっかり音楽を聴くという雰囲気の中でウケ狙いの曲を弾ききるのには、相当の胆力が必要ですよ(笑)。
コンテストという性格上、ステージ上では演奏のみでMCは禁止です。しかもエフェクタなどは使わず、マイク1本で拾うギターの生音だけで勝負するという大変ストイックなものです。クラシックギターやダブルネックで参加する方もいます。ギター講師などプロの方も参戦していますが、ここで最優秀賞を獲得した人の中には、これを契機にプロとしての活動の幅が広がったという人も大勢います。ちなみに最優秀賞を獲得した方には、「Hand Made Premium」のラインナップからお好きな一本をプレゼントしています。
Morris FingerPicking Day 2016 – RYOSUKE WATANABE
張り詰めた緊張感の中、一点の曇りもない美しい演奏。退場がお茶目で素敵さが倍増していますね。
このイベントは「Sシリーズ」をリリースしたタイミングで始めました。「フィンガースタイル向けのギター」を世に問うにあたって、まだまだニッチなフィンガースタイルというものを知ってもらうために始めたんですが、こうしたスタイルのプレイヤーさんは一人で活動することが多いものですから、交流の場になることも期待しています。このイベントがきっかけで知り合った参加者同士が一緒にツアーを回ったりデュオを結成したりするなど、それぞれの活動の幅をひろげるのにも役立っているようです。
イベント後半にはコンサートを開催するんですが、モーリスを愛用下さっている打田十紀夫さん、岡崎倫典さん、南澤大介さんはほぼレギュラーで、プラス一人がゲスト枠となっています。
他には各販売店さんでの店頭ライブやリペアクリニックも開催していますが、コンテスト最優秀者によるデモ演奏が行なわれることもあります。
── 仕事に対しては、どのような気持で臨んでいますか?
MORRIS(鈴木) 私は楽器が好きだからこの会社に入ったんですが、「楽器の楽しさ」を皆さんにお届けする役割を担っていると思っています。より良い楽器は何か、どんな楽器が求められているのかをリサーチして、それにしっかりお応えしながらモーリスなりのプラスアルファのある製品をリリースできるように考えています。まずは音楽ありきであって、音楽があるから楽器が必要になり、楽器を作る会社ができるんです。だからこそその大本である音楽がより楽しくなるような努力を続けていきたいと思っています。
MORRIS(森中) 私の場合、技術開発や試作、また「Luthier Made Premium」のギター製作以外にはリペアをしたり、「Hand Made Premium」の仕事を手伝ったりしています。日頃から良いものを作っていきたいと思っていますが、評判が良かったものについてもその評価に甘えずに、もっと良くするためには何が必要かを考えるようにしています。高いお金を出して買っていただくものですから、自分が買う立場になった時にも納得できるものつくりをしていきたいと考えています。
── 日々の仕事のなかで、苦労話や失敗談はありますか?
MORRIS(森中) 「ネック交換」は大変でしたね。太いネックを細くするのは簡単なんですが、逆はできません。それこそ新たにギターを作ったほうが安全なんですが、自分の楽器をとても大事にするお客様だったので、どうしてもやってくれという依頼でした。そこでもとのネックを外して新しいネックを挿したんですが、ネック交換は楽器本体にかなり負担をかけるので、一度やったら二度とできません。ですから新しいネックは本当に入念に打ち合わせをしまして、どうにか納得いただける状態に一発で仕上げることができました。
MORRIS(鈴木) カタログを作るのも私の仕事なんですが、アコースティックギターのカタログというものはどうしてもナチュラルカラーばかりになってしまうんです。私自身はエレキギターで育ったものですから、それがどうしても面白くありません。エレキギターにはあんなにいろいろなカラーがあるのに、どうしてアコギはナチュラルか、あってもサンバーストばかりなんだろうと疑問でした。
もちろんナチュラルの良さは承知しているんですが、もっと色んなカラーのギターがあっても良いんじゃないかと思っています。たとえ売れなくても選択肢としては持っておきたいと思って企画するんですが、そういう冒険した企画はなかなか通りません。それでもめげずに面白いものを企画する、これが自分の仕事なんだと思って頑張っています。
モリダイラ楽器は面白さが共感できるものなら、どんなに斬新なものでも市場に投入できる柔軟性を持っている会社です。楽しいことを実現できる「夢」があると言ってもいいでしょう。さきほどの話にも出てきた新しいヘッドデザインも、意匠だけでなくナットの角度を抑えたペグの配置などアコギとしては斬新な設計だったんですが、比較的スムーズに了承が得られました。
── 求人を出すとしたら、どんな人材に来てほしいですか?
MORRIS(森中) 第一に人柄が大事だとは思いますが、他にはギターに限らず「ものつくり」が好きな人がいいと思います。今ならギターの作り方を教えてくれる学校があるので、そこでしっかり基本を学んでおくと、工場での作業を理解するのもスムーズだと思います。現在モーリスに在籍している職人の半数はクラフト科出身ですが、それ以外は木工についてまったくの未経験で入社しています。未経験でも飲み込みの早い人はすぐ作業を覚えていきますが、普通はなかなかに苦労するものです。
MORRIS(鈴木) いろんな経験を材料にした自分の「色」を持っている人は、強いと思います。たとえばアルバイトをやってきた人は、社会での人との接し方がある程度分かっているでしょうし、いろんな経験によって見識を広げている人は、話が面白くて社内のムードを良くしてくれることが多いです。
私はモリダイラに入社する前、スピーカーやレコーダーなど電気系の機材を扱う会社に勤めていました。そこでは社員全員が「理系」だったんですが、転職先のモリダイラはどちらかといえば「文系」だなと気がつきました。理系企業にいた経験からモリダイラ的には斬新なアイディアを出せたこともあったので、昔の経験が今の仕事に活きていることを感じます。
── ありがとうございました。
続いてマスタールシアー森中さんに、モーリスの松本工場を案内していただきました。