
Nick Drake(ニック・ドレイク)はビルマ(現ミャンマー)生まれのイギリス人シンガーソングライター。
60年代というロックが華々しい時代にデビューしましたが、彼の音楽は売れませんでした。
繊細だった彼は自分の音楽が大衆に受け入れられないことに苦しみます。
次第にうつ状態になり、最後のアルバム「Pink Moon」はわずか2晩で録音され、特殊なエフェクトも効果もない、ボーカルとギターだけの演奏でした(ピアノの重ね録りはタイトル曲のみ)。
そしてこのアルバムを最後に命を絶ってしまうのです。
そして現在、画家のゴッホと同じように、生前はまったく評価されなかった作品達が脚光を浴びるようになってきました。
彼が亡くなった今、彼の音楽が評価されていることを、空の上からどのように眺めているのでしょうか…
1948年6月19日 生 ビルマラングーン
ケンブリッジ大学フィッツウィリアム・カレッジに在学中、アイランド・レコードと契約し、1969年7月にアルバム「ファイヴ・リーヴス・レフト」でデビューします。
1971年3月には2作目「ブライター・レイター」発表。
1971年10月に3作目「ピンク・ムーン」を2晩でレコーディングし、1972年2月に発表しました。
抗うつ薬の過剰服用によって、1974年11月25日 死去

自身が所有する小ぶりなボディのギルドや、マーティンD-28などを使用していました。
なお、「ブライター・レイター」のジャケットで抱えているギルドはこれとは別のギターで、撮影者ナイジェル・ウェイマスの私物です。
1973年8月にはロンドンの楽器店アイヴァー・メアランツでマーティン000-28を購入し、1974年7月の最後のレコーディングでも使用しました。
この000-28は現在、姉のガブリエル・ドレイクが所有しています。
ニック・ドレイクは独学でギターを身につけました。
1965年に13ポンドで最初のギター(レヴィン)を手に入れると、すぐに変則チューニングやフィンガーピッキングを試しはじめたといいます。
プロデューサーのジョー・ボイドは影響源として、ジャンゴ・ラインハルト、マイルス・デイヴィス、バート・ヤンシュ、ドノヴァンの名を挙げ、ボサノヴァ(ジョアン・ジルベルト)も聴いていたのではないかと推測しています。
ドレイクの響きの核にあるのが、曲ごとに使い分けた変則チューニングです。
標準チューニングでは押さえにくい、隣り合う音がぶつかり合うクラスター・コードを鳴らすために、弦の音程そのものを組み替えていました。
歌のメロディも、ルート・3度・5度の基本の三和音ではなく、コードに加わったテンション音の上に乗っているものが多いのが特徴です。
代表的なのが「ピンク・ムーン」のCGCFCE(6弦→1弦)で、2フレットにカポを付けて演奏します。
開放弦だけで(カポなしの音名で)C・E・Gの和音にFが混ざった浮遊感のある響きになり、1本指や2本指で押さえるだけのシンプルなフォームでも、鳴り続ける開放弦とのあいだに独特の揺らぎが生まれます。
ファンによる採譜では、同じCGCFCEが「ヘイジー・ジェーンI」「ヘイジー・ジェーンII」にも使われているとされています。
一方で「リヴァー・マン」は、ドレイクには珍しい標準チューニングの曲です。
5拍子という変わったリズムの上で、ギターのアルペジオが淡々と循環していきます。
新しい扉が開くかも?!オープンチューニングに挑戦してみよう!
ジョー・ボイドは録音を聴き返して最も驚くのはギターだとし、「とてもクリーンで力強く、すべての音のバランスが均等にとれている」と語っています。
ベース音・内声・メロディを弾き分ける緻密なフィンガーピッキングでありながら、1音1音が粒立っているため、ギター1本で曲の骨格が成り立ちます。
「ピンク・ムーン」の録音でも、ギターと歌は同時に演奏して録られました。
低く静かなバリトンの歌声は、このギターの響きに溶け込むように抑えて歌われています。
歌詞には、ウィリアム・ブレイクやW・B・イェイツ、ヘンリー・ヴォーンといった詩人からの影響が見られます。
月・星・海・雨・木・空・霧・季節といった自然のモチーフを象徴的に用いるのが特徴で、初期は夏のイメージが中心でしたが、「ブライター・レイター」以降は喪失や哀しみを感じさせる秋めいた言葉が増えていきます。
ストリングス・アレンジを手がけたロバート・カービーは、その歌詞を「鮮やかで完結した観察の連なりで、警句のよう」と評し、メロディが描くムードを補い深めるものだと語っています。
デビュー作の終盤に収められた「フルーツ・ツリー」は、死後になって評価される芸術家の名声について歌った曲です。
生前に報われなかったドレイク自身の運命を予見していたかのような1曲として知られています。
1969年発表のデビュー・アルバム。
ジョー・ボイドのプロデュース、ジョン・ウッドのエンジニアリングで録音されました。
アルバム名は、巻紙「リズラ」の束の終わり近くに印刷されていた「残り5枚」という注意書きに由来します。
ロバート・カービーのストリングス、ハリー・ロビンソンが編曲した「リヴァー・マン」の弦楽、フェアポート・コンヴェンションのリチャード・トンプソンのエレキギター、ペンタングルのダニー・トンプソンのウッドベースが、ドレイクのギターを繊細に彩ります。
「リヴァー・マン」の弦楽は、ドレイク自身の希望で作曲家フレデリック・ディーリアスの作風を意識したものです。
1971年発表の2作目。
フェアポート・コンヴェンションのデイヴ・ペグ(ベース)とデイヴ・マタックス(ドラム)がリズムを支え、ホーンや鍵盤も加わった、3作のなかで最もアレンジの豊かなアルバムです。
ロバート・カービーによれば、ドレイクはビーチ・ボーイズの「ペット・サウンズ」を思わせるアレンジを思い描いていたといいます。
「イントロダクション」「ブライター・レイター」「サンデイ」の3曲はインストゥルメンタルで、ギターの旋律を聴かせる構成です。
ジョン・ケイルが「フライ」でヴィオラとハープシコードを、「ノーザン・スカイ」でチェレスタ・ピアノ・オルガンを演奏しています。

2000年にリマスタリングされたCD。
3枚目にして最後のアルバムは、言い知れぬ孤独感を漂わせるメランコリーな楽曲を歌い上げた。
生ギター+ヴォーカルというシンプルな構成ながら、その本質をすべて表現しきっているのが見事。
全11曲・約28分を、エンジニアのジョン・ウッドと2人きりで、夜11時から始めた2晩のセッションで録り終えています。
前2作のストリングスやバンドを削ぎ落としたことで、変則チューニングのギターが持つ響きがそのまま伝わる作品です。
