アコースティックギター初心者向け入門講座

Martin(マーチン)のアコギについて

Martin(マーチン)ギター

「マーチン(=マーティン、C.F.Martin&Co)」は、フォークギター(=フラットトップ、スチール弦のアコースティックギター。いわゆる「アコギ」)を語る上で決して外すことのできない代表的なメーカーです。多くのギターブランドが林立する中、創業以来180年以上に及び世界中のプレイヤーに愛用されるトップブランドであり、ファンからは「いつかはマーチン」と言われる憧れの高級ブランドでもあります。

ギブソンと並びアコースティックギターの2大ブランドと称されますが、D-28を代表とするフラットトップ(=ボディトップが平ら)アコースティックギターの歴史はマーチンから始まりました。多くのメーカーやクラフトマンがマーチンのギターから学び、マーチンのスタイルを継承したギターを生産していきましたが、ヤマハ、モーリス、K.ヤイリをはじめとする名だたる国内メーカーもマーチンのコピーモデルを生産することからスタートしており、マーチンのギターを仕入れては分解して構造を研究してきました。

Martin Custom D
Martin Custom D:www.harmonycentral.com

マーチンのギターにはインレイなど装飾が入れられることもありますが、設計は合理的な機能美に満ちており、シンプルなルックスからカントリー、ブルーグラス、フォーク、ウェスタンからポップス、ロック、メタルまでどんなシチュエーションにも馴染みます。また厳選されたマテリアルを使用してきっちりと作られているクオリティの高さに、世界的な定評があります。

1904年版の製品カタログの序文でフランク・ヘンリー・マーチン氏(三代目社長)は、マーチンギターは厳格な目で選定したマテリアルを使い、厳しい注意と強靭な忍耐力で組み上げられており、様々なポイントを入念にチェックするなど高品質のために膨大な時間がかけられていると述べています。
100年以上経過した現代でもその姿勢は変わらず、廉価版やミニギターに至るまで丁寧に作られたギターを世界中に供給しています。

マーチンの歴史より

Martin Custom D
2016楽器フェアでのマーティンのブース

マーチンのギターは時代の変遷とともに生まれていきました。これまでマーチンは業界の慣習に苦労することも、時代ごとの流行で売上不振に苦しむこともありました。しかしそのようなピンチに対して守りに入らず常に積極的で前向きな姿勢を貫いています。欧米企業でありながらこれまで180年以上にわたり巨大資本に買収されることがなく、一貫してマーチン一族による経営が維持されているのは、いくつもの危機に立ち向かってきた歴史の証明なのかもしれません。マーチンの歴史をまともに記述しようとするとあまりに長くなってしまいますが、ここではマーチンギターの特徴を知る上で、特に重要と思われるポイントをかいつまんで紹介します。

初代マーチンの時代

マーチンの創業者クリスチャン・フレデリック・マーチン氏(C.F.Martin/マーチンI世。1796-1867)はドイツの楽器ケース職人の家に生まれ、幼くして家業を継ぎます。15歳の時にオーストリアのウィーンに住む名工ヨハン・シュタウファー氏(1778-1853)の工房に出向し、氏の製作するギターのケースを作り、またアメリカなどに売りに行っていたようです。

仕事をしながらギター製作を学んだマーチンI世は帰国して工房を設立しました。しかしヴァイオリン職人のギルドと泥沼の揉め事になり、解決への失望、そして大きな市場で勝負するために、1833年にニューヨークへ移住します。現在マーチンギターのヘッドロゴに添えられている「EST.1833(1833年設立)」は、危機に臨み更に前進しようというマーチンI世のスピリットを受け継いで行こうという、マーチン社の思いが込められています。

ニューヨークでのビジネスに苦心したマーチンI世は今もマーチン本社のあるペンシルベニア州ナザレスに移住、当時大流行していたバンジョーに対抗すべく、ウィーンスタイルのゴージャスなギターからシンプルかつ実用的なスタイルへと路線変更していきます。その過程で1850年にマーチンギター最大の特徴である「Xブレーシング」が考案されます。Xブレーシングはトップの振動が均一になり強度も上げられ、それ以後のギター設計を変えてしまう程の革命的な発明でした。

Xブレーシング
Xブレーシング

この時期は、本体の大型化と扇状に配置したブレーシングの発明により現代のクラシックギター製作の手本となったアントニオ・デ・トーレス氏(1817-1892)が独立してスペインに工房を開いた1852年に近く、クラシックギターとフォークギター、それぞれの手本がほぼ同時期に登場したと言われています。ちなみにヴァイオリンの製法を応用した設計でアーチトップのギターを製作したオーヴィル・ヘンリー・ギブソン氏(1856-1918)が靴屋を退職して工房を開いたのは1896年で、時代としてはもう少し後になります。日本では第十一代将軍徳川家斉(いえなり)の時代で、葛飾北斎が絵師として活躍していました。

マーチンJr.の時代以降

マーチン社の経営は、代々マーチン一族に受け継がれていきます。マーチンは移り変わる時代や流行ごとに新たなモデルを発表していき、その中で多くの名器が誕生し、現代のモデルに継承されています。

  • 1877年:00発表(大音量化したバンジョーに対抗するため)
  • 1902年:000発表(この年に設立したギブソン社の大きなギターに対抗するため)
  • 1931年:D発表(大音量化と迫力ある低音のニーズに答えたもの)
  • 1977年:「M」とも呼ばれる0000発表
  • 1985年:0000の厚みを増した「J」発表

それ以前の最大モデル0(オー)を大型化した00(ダブルオー)、更に大型化した000(トリプルオー)、厚みを増してくびれを太くしたD(ドレッドノート)、厚みは000でDより幅を増した0000(クアドラオー)、0000の厚みをD並にしたJ(ジャンボ)というように、時代ごとにより大きなボディのモデルが発表され大音量化していきます。

その過程で、

  • ローズウッドが主流だったサイド/バック材にマホガニーを使用するモデルを開発(1906年)
  • 全モデルでネック材をシダー(杉)からマホガニーへ変更(1916年)
  • ハワイアンやブルースの流行に応じてスチール弦モデルを発表(1922年)

など色々な開発が行われます。スチール弦モデルでは、当初ネック内にエボニーやスチールの補強が挿入されました。

Martin D28現在の定番スタイルとなっているドレッドノート:Martin D28

広い音域のニーズに応えて14フレット接続モデルを開発(1929年)していますが、現代では14フレットのドレッドノートがアコギの定番スタイルだと考えられるほどに普及しています。この14フレット接続とドレッドノートが開発された時期は、世界恐慌(1929)による不景気でギターの生産数は半減、工員の勤務日数も週三日に短縮、ヴァイオリンの部品や木製玩具なども生産してどうにか倒産を免れた状況下でした。ピンチに臨んでなお前進するマーチンのスピリットを、ここでも伺うことができますね。

以後、1980年代にはエレキギターの隆盛でリストラが必要になるほどの減産(ギブソンはアコギ生産を停止)を強いられますが、1990年代のアンプラグド(電気を使わない=アコースティック)ブームに乗じて一気に業績を回復させて新たに工場を開設、アーティストモデル、廉価モデル、エレアコ、ミニギターやウクレレなどラインナップの幅を広げ、また伝統を守りながら新素材や新技術を取り入れて積極的なギター開発を続けています。

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Martinギターの主な愛用者

エリック・クラプトン(Eric Patrick Clapton、1945-)

LaylaUnplugged)2013

エレキギターでの名演が多いエリック・クラプトン氏ですが、マーチンの歴史上初となるアーティストモデルは、エリック・クラプトン氏のシグネイチャーです。1992年に発表したライブアルバム「アンプラグド」では全編アコースティックギターを使用してグラミー賞を何部門も獲得し、この時代のアンプラグドブームの象徴となりました。
エリック・クラプトン

ポール・サイモン(Paul Frederic Simon, 1941-)

Paul Simon - The Boxer: Live From Paris

「サイモンとガーファンクル(S&G)」で一世を風靡したシンガーソングライターであり、3フィンガーの名手。「明日にかける橋」、映画「卒業」の挿入歌「Sound of Silence」などS&Gで多くのヒット曲があるほか、ソロ活動ではラテンやアフリカン、エレクトロなど多岐にわたるジャンルを野心的に吸収しています。

ニール・ヤング(Neil Young、1945-)

Neil Young - Full Concert - 10/19/97 - Shoreline Amphitheatre (OFFICIAL)

テクよりハートでギターを弾く漢(おとこ)として有名な大物シンガーソングライター。殴るように弾いてボロボロになったマーチンがトレードマークでした。ロックな人物で知られており、9・11直後のグランド・ゼロにグランドピアノを持ち込み、当時放送が自粛されていた「イマジン」を熱唱したと言われています。
ニール・ヤング

ムッシュかまやつ(かまやつひろし、1939-)

「日本初のロック・ミュージシャン」と言われ、堺正章、井上順を擁したザ・スパイダーズなどのバンド活動及びソロ活動が有名。日本人の中でもいち早くD-28を手にしました。常に音楽のシーンを見据え、あらゆるジャンルの若手ミュージシャンと積極的に共演しています。

石川鷹彦(いしかわ たかひこ、1943-)

アコースティックギタープレイヤーの草分け的存在で、日本で最初にD-45を持ったミュージシャンの一人と言われています。吉田拓郎氏、かぐや姫、風、イルカ女史、アリスなどのバック・ギタリスト、またスタジオミュージシャンとして1970年代のフォーク全盛期を牽引、またアレンジャーとして編曲を手がけたアーティストも数多く、アリス、伊勢正三氏、さだまさし氏、中島みゆき女史、長渕剛氏、松山千春氏、森山直太朗氏など有名アーティストのプロジェクトに参加しています。

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