《カフェとギター》VINCENT訪問インタビュー[記事公開日]2016年7月8日
[最終更新日]2017年11月30日

VINCENT訪問インタビュー

2016年4月にオープンした「VINCENT(ヴィンセント)」は、クラフトマン小川浩司(おがわこうじ)氏が(株)ヤイリギターから独立して設立したギターショップです。しかしながら小川氏本人はギターを作りません。工房で行なうのはリペアや調整のみです。え?製作家として独立したんじゃないの?しかも製品には退社したはずの「K.Yairi」のロゴが。これはどういうことなのか。全国を巡る展示会を寸前に控える、VINCENTの小川氏を直撃しました。

職人から経営者へ

──今回は宜しくお願い致します。ショールームと工房がありますが、「店舗」という感じではないですね。工房でもギター製作は行なわないとのことでした。

小川 そうですね。職人は卒業して、次のステップへ行こうとしています。僕が目指しているのは、「ブランド」なんです。僕がVINCENTというブランドの製品を企画して、ヤイリギターに製造してもらい、全国の楽器店で販売してもらう、というところを目指しています。

ベテランの職人が退社して独立するのは珍しいことではありませんが、そのほとんどが個人製作家としてです。しかし僕がやろうとしていることはちょっと違うことなので、あまり理解してもらえていないかもしれません。円満に退社して取引があるヤイリギター側にも、今なお、僕がやろうとしていることの全ては十分理解してもらえていないかもしれません(笑)。実績を積み重ねていくしかありませんね。

vincent-ogawa 小川浩司氏(自社工房内にて)

──ご自身が製作せず、企画にまわるメリットは何でしょうか?

小川 ヤイリギターはそこまで大きな企業ではありませんが、それでも新製品を世に送り出そうとしたら、サンプルを制作してから実際に販売されるまで、早くても半年はかかります。アコギは「箱」ですから、新しいボディを開発しようと思ったら、たとえば弦の張力に負けない強度が本当にあるのかもチェックしなければなりません。それだけ時間がかかってしまうんです。

ところが僕が独立してオリジナルのブランドとしてヤイリギターに作ってもらうと、企画した物がそのまま製品になるんです。「スピーディーな製品開発」ができるし、製造の作業に時間をとられないから、どんどん他のことができます。

ブランドの展開を企画するのは、もともとは「問屋(=商社)」の仕事です。VINCENTが目指すビジネスモデルも問屋に近いと思っています。現在では「問屋なんていらないじゃないか」と考える人も多いかもしれませんが、「問屋業」にはもともとグレコやかつてのフェンダージャパン(いずれも神田商会)のようにブランドを持って、製品の企画をする、というものがあるんです。製品カタログの経費を出すこともあり、市場とメーカーをつなぐ重要なポジションです。

メーカーさんの中には、取り引きする問屋を変更してもうまくいかず、自社で直販を始めたというところもあります。しかし販売店にとっては、工場直販のブランドが増えるということは、取り引き先が増えて仕事が増えるということを意味します。今までは問屋を通して入荷していたけど、直販なら取引は止める、というお店もあると思いますよ。そういう理由で、直販に変更したのはいいけど業績が振るわない、ということは有名ブランドでも実際に起きています。

ギター業界は保守的な部分があり、特に販売やアフターサービスなどに関しては、時代のニーズとのズレを感じています。VINCENTでは同じ轍(てつ)を踏まない、違うやり方に挑戦しようと考えています。

──独立しようと思ったきっかけは何でしたか?

小川 ギター業界の現状を観察する一方で、音楽シーンの推移も観察していました。15年間アーティスト担当をする間、アーティストさんたちを取り巻く「時代の変化」を見てきたんです。CDが売れずに音楽事務所が統廃合を繰り返す中、自力で活動するアーティストさんが増えてきました。

これまでは楽器のリペアなども事務所のマネージャーさんを通して行なっていたのですが、事務所が無くなったものだから、アーティストさんから直接相談を受けるわけです。ところがこちらはヤイリギターの社員なので、会社の方針から逸脱することはできません。

マーチンが調子悪くなったから、診てよ」って言われても、「他社製品はお受けできません」と言うしかなかったんです。こうしたことがあって、独立したらできることが増えるな、と考えるようになりました。ただ自由にリペアができるというだけでは生きていけないので、自分のブランドを立ち上げ、今まで「こういうモデルがあったらいいな」と思っていた物をリリースしていく、というブランド展開も考えていったんです。

──ヤイリを辞して、すぐにVINCENTを立ち上げました。4月の立ち上げ以来、最近はどんなことをしていますか?また、反響はどうでしょうか。

小川 基本的には、オンラインショップの問い合わせ対応が中心です。すぐに始めたかったので、独立する以前にオリジナルモデルのサンプルを12種類作っていました。完成には3ヶ月以上かかりますが、3月の退社の前には全て揃っていました。

vincent-guitars 12種類のサンプル。詳細については以下のページから
VINCENTギターのラインナップ紹介

反響は思った以上にあります。知名度はないはずなのに、たくさんの販売店様から「取り扱いたい」という問い合わせをいただいています。しかし年内はお待ちしてもらっているんです。今は自分で地方を回ってお客様のニーズや感覚を体感したいと思っています。お店に置いてもらうのは来年からにするつもりですが、各地域に一店舗だけ、というように取り扱い店を絞らせていただこうと思っています。

展示会「We Are VINCENT!」について

──これから展開していく展示会はどういうものでしょうか。

小川 ヤイリ在籍時のアーティスト担当を通して知ったのは、会場がライブハウスからカフェなど小規模になっていったこと、ライブを観に来る女性が増えてきたということです。ご存じのようにギターを始める女性も増えていますが、そういう人たちは楽器屋さんにほとんど行きません。楽器屋さんの独特な雰囲気に、入りにくさを感じているようです。

こうしたことから、カフェで展示会をやろう、という考えに行き着いたんです。いきつけだったり興味があるところだったり、そういうカフェで展示会が行われるのなら、「ギターに興味があっても楽器屋さんには行きにくい」という女性も来やすいんじゃないだろうか、と思っています。

we-are-vincent VINCENT が試奏できるカフェでの展示試奏会
イベントについて詳しくは公式サイト

また、ヤイリギターは「ギタークリニック」というメンテナンス会を全国でやっていました。10年ほど前がピークでしたが、企画していた楽器店が吸収合併されたため、最近では大都市部のみとなっているようです。VINCENTの展示会は、地方のお客様とお話しができる機会にもなります。

ココ(日程表見ながら)空いてますよね?ココは濃いギターファンが集まる会場に、ゲストで呼ばれています。お店の常連さんたちが集まって、ピックアップの話とかいろいろ話を聞きたい、といわれているんです。サンプルは半分ほどエレアコにしているので、ピックアップを全部試すこともできます。こうしたディープな展示会もやっていきますが、こっち系は参加者がお互いに身内であることが重要なので、予定は公開していません。

最近は楽器もネットで売れていますが、それは、地方の大型店がどこも同じ会社で、販売店オリジナルモデルがずらりと並び、製品に代わり映えがないという状況の裏返しでもあるんです。そういうところに一味違った製品を提案していきたいと思っています。

──どういうカフェを会場に選ぶんですか?

小川 ただのカフェでなく、いろんな催しが行なわれているところを選んでいます。月一回くらいはライブも開催されるだろうけど、音楽専門ではない、というカフェです。音楽イベントを頻繁に行うような飲食店に話を持ち込んでいけば話は早いんでしょうけど、そういう所には楽器屋さんにいくのとあまり変わらないお客様が集まるだろうし、VINCENTがターゲットとする客層には抵抗がある環境なんです。

今年はカフェを巡りますが、来年以降はまた違う所で開催していきたいと思っています。シチュエーションが変われば、また違ったお客様に会えると思うからです。楽器屋さんでの販売を開始しても、年一回は各地方にいきたいと思っています。9月に高知で予定している展示会では、ジャズミュージシャンの写真展とコラボさせてただけます。このような音楽にまつわるコラボをどんどんやっていきたいです。

ギター業界では異例の、新しいブランド戦略

──カタログがあれば、見せていただけますか?

vincent-catalog

小川 楽器屋さんに置いてあるようなカタログではなく、カフェの片隅に置いてある、女性が手に取りやすい感じの作りを狙っています。

撮影は地元のモデルハウスを使わせて頂いており、カタログの巻末に会社名を記しています。かっこいい所があったので相談したら面白がってくれて、一日貸していただけました。

ギターのカタログって、スペックがどうだとか、文字が多すぎるじゃないですか。いや、ギター博士の記事はあれで必要だと思うんですけど(笑)、カタログの場合はそこで拒否してしまう人もいるんです。そこを重視した「感覚に訴える作り」で、文章もシンプルにしています。イメージだけがスっと入って来る。むしろイメージしか伝えません。コレ以上のことを求める人は、VINCENTのサイトを見てほしいです。

──ここまで女性とカフェに注目するブランド展開は、ギター業界ではおそらく初ですね。革新的です。

小川 ギター業界にカフェのノウハウを持ち込んだ、というアイディア勝負でもあるんです。こうしたスタイルは、他の業種はともかくギター業界ではこれまで存在しませんでした。他では結構普通のことなんですけどね(笑)。手作り雑貨がカフェで売ってますよね。そんなカフェに、手作りのギターが置いてあってもいいわけです。

──ギター以外にもグッズがいくつかありますね。

VINCENTピック VINCENT:ピック
ギター本体からカタログ、ピック、Tシャツに至るまでコンセプトが徹底されている

小川 グッズは販促品なんで、売らずに差し上げることもあります。ピックだけでなく爪ヤスリ、ケース入りふせん、トートバッグ、Tシャツがあります。

VINCENTのロゴに添えられている「GUITAR & OTHERS(ギターとか、いろいろ)」は、グッズ展開の含みを持たせています。ギターブランド「VINCENT」を知らない人が、気に入って使ってくれるようなものを出していきたいです。

──今さらのようですが、なぜブランド名をVINCENTにしたんですか?

小川 一言で言うと、「縁のあった名前」なんです。僕の人生の中で、何回かヴィンセントという名前と関わりがありました。ヴィンセント・ヴァン・ゴッホに始まり、高校生の時に初めて会話をした外国人がヴィンセントさんだったり、好きなイギリスのバイクにヴィンセントというメーカーがあったりしています。昔から好きだった曲がヴィンセントという曲名だったことを最近知ったり、、など。


以上、ギター業界に革新的なブランドコンセプトを提唱するVINCENTの小川氏に、独立の経緯や目指しているものなどについてお聞きしました。ここからは、
「ギター専門家に聞く、深い話やどうでもいい話」
に続きます。